Hello NYC

久しぶりの更新。

怒涛の一ヶ月が過ぎ、ようやくこの街にも慣れはじめ、時間に余裕が出来たのでやっとの思いで更新の為、かなりの長文です。

本当に大変でしたが家族の協力や、長年お付き合いさせてもらっているお友達からの応援、周りの方々ならびにいつもスタジオに通ってくださっている方々より温かいエールが励みになり、自分を奮い立たせながら無事に何とか過ごしております。生きてます。はい。

まず日本にいながらでも英語を学びたいと思いながら色々と試みた結果、環境ごと、丸ごと飛び込んでみた方が浸透しやすいと思ったし、いくつになっても新しい事に挑戦すること、学ぶこと、また自分がそれをやる事に価値があると思ったので思い切って決断しました。

たとえ周りに何か言われたとしても、聞こえてきたとしても、自分の人生は他人が決めることではなく、自分でしか決めれないと思ったので。選択権がある事は幸せなこと。

幼少の頃、両親からよく聞かされましたが、祖父や祖母は、青年期から選択の余地のない苦労の連続ばかりでした。天国にいるおじいちゃんと、今も元気でいてくれているおばぁちゃんに感謝です。本当に。

滞在中は語学の勉強をしながら、時間が空いた時はミシェル先生のエアリアルヨガのクラスやフロアヨガを受けたりしています。ミシェル先生にいつも親切にして頂いたり、ここに来る前からお世話になりっぱなしで。自分の事のように理解してくださるのが本当にありがたいですし、感謝の気持ちでいっぱいです。

振り返れば、中学生までは英語がとても好きでしたし、自分に英語を教えてくれた先生も楽しく教えてくれていたので新しい発見があったり、当時通っていた塾、N’sカンパニーではディズニー映画や、自分が興味ある映画を選びながら学ぶ事が面白くて、毎回通うこと、先生に会うのが楽しみでクラスも好きでした。当時からこういった面白い授業を経験させてもらった事、また発想がクリエイティブだった事、お世話になった先生に感謝ですし、幸せな事だったなぁと振り返っています。

高校からは部活にぼぼ明け暮れ、そこから英語の勉強は遠ざかったのですが。色々な周り道をしながら、死ぬまでにやっておきたかった事を遂に叶える事が出来ました!長かったぁ。

様々なヨガに出会い、色々な先生と出会うチャンスがありまして、ここら辺の時期から少しずつ変化が訪れてたなぁと。

英語 de YOGA を初めて受けた時、何故このクラスを受けたのかという質問に対して、自分は英語が好きだし、高校を卒業して留学したかったけど留学出来る状況じゃなかったこと。

田舎の方だと、自分がヨガと結びつけて学びたいと思えるクラスや機会がなかったので、このクラスを受けました。⇦文脈みると分かりますが、当時は完全に諦めていたし、何かに理由をつけて諦めた方が楽だったから。日本はご飯美味しいし、接客も良いし、トイレや水回り、全て綺麗だしー、あとーお風呂に浸かれないのはー絶対に嫌だ!とか封印完了!ジップロック!

当時は朋子先生から、このクラスに参加しているという事は、夢を思い描いているという事に繋がっている途中だし、今もまだ続いているよ♡って言われた言葉が私の中で、後押しになり、心の深いところで大きな科学変化がおきました。

ここNYは、目に映る光景が全て新鮮で、普段は歩かないのですが、トータル平均で30分から40分ほど歩いたりしています。

人種の坩堝と言われるだけあって、地下鉄や街中、レストランではスペイン語、イタリア語、中国語、韓国語、ロシア語など様々な言語が話されています。

先日ちょうどカフェで、話の流れで人種差別について(なかなかかとっつきにくいトピックでしたが)興味深いお話を共有させてもらいました。

先週、ある教会でカニエウエストが主催してたシークレットライブ?のイベントにとても参加したかったけど、行く事に抵抗があったと言っていました。というのは、携帯でライブ中継を見させてもらいましたが、そこは全員が肌の色が同じ人達の集まりだったんですね。

ん〜。なるほど。詳しく聞きたかったので、どうして、行こうか行かないか、悩んでるの?その心は?と聞くと、僕はすごくそこに行きたいけど、邪魔になると思うから行きたくないんだ。自分が何か、ぎこちなく感じたり、相手からもぎこちなく感じられたりするからと。アウェー感というか。本当はめちゃくちゃ行きたいけどね。と。

自分側から見ると、お互いの文化を理解し合ったり、多様性を受け入れやすい国だなぁと、感じるものの、”空気を読む”

みたいなところは、日本だけではなくNYにもあり、また日本とは非常に捉えかたの重みが違うなぁと、ひしひしと感じました。

心の中で、あら?マンハッタン島も日本と同様、同じ島国だったと。

今のところですが、私が住んでいる街や周りの人々は私を見かけだけで判断せず、英語で話してくれようと、またカタコトな英語でも一生懸命理解してくれる姿勢を示してくれます。

外出していると、たまに見かけたりする光景ですが(社会的に発展途上?なのか或いは、より良い教育を受けてない?のか分からないけど)個人的な感想ですが。

その人を見た瞬間、見かけだけの判断で、第一声が謝謝とかアンニョンハセヨ〜とか、どんだけ〜、カラテ!相撲!とか。第一声ですよ。心理的に憂さ晴らしてるのかな?と感じます。冷たいかもしれないけど、私にとっては、全く面白くないと感じますし、それくらい、それくらいに、何か私にとって根深いコンプレックスやトラウマがあるのかもしれません。

彼らなりのコミュニケーションの取り方かもしれないけど、そういう時、ヘラヘラ?笑いながら対応している人を横目に見ると、自分は何だか非常に残念な気持ちになりますし、分かってるのか、分かってないのか?何だかもったいないなと感じます。そういった状況になった場合は、毅然とした態度はここNYだけに限らず、外国であろうと日本であろうと大切だと思っています。

あくまでも個人的な意見ですが。

と思いきや、忙しい街なだけあって、また違う状況に見舞われたり。まだ完全に慣れていないせいか、忙しい街だなと感じます。感情や状況のアップダウンあるねぇと感じながらも緊張感を持ち(自由なだけ自己責任だから)色々な感情を歓迎しつつ、程よくリラックスしながら自分らしくニュートラルを心がけエンジョイしてきます🌈✨